建築を、建築家の「作品」という観点から見ることに常々抵抗があって、何かそれに代わる見方はないものだろうかと考えていたとき、「風景」という言葉に行き当たったのですが、全て分かって書いている訳ではありません。そんな中で、風景に関する本を漁っていて、あっ!これだ!と感じた一文に出会いましたのでご紹介します。
・・・大乗の思想によると、「いっさいの存在は空である」という。「空」というのは、無意味な虚無ということではなくて、「縁」によって初めて生起する「仮の自性」だけが存在する、という考えのようである。たとえば、男性という自性は女性がいて初めて在る。先生は、生徒あって先生である。わたしたちの属性は、本来、空なる自性の仮の姿であり、それが世界の実相であると観ずるのである。・・・仮の自性を主張せず、そこの場所との縁を受け入れるだけの空性をそなえた渋い物は、そこにしっくりおさまるから、存在のリアリティーが生ずる。・・・風景学入門(中村良夫著)
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