

もう、かれこれ37〜8年前のこと、わたしは東京の大学に籍を置いたまま、関西一円の古建築を見て歩くために、京都に学生アパートを借りた。場所は北区の上賀茂神社の近くで、そこを拠点にあちこち歩きまわっていたのだが、その当時からこの工場は在った。京都の北の方に住んでいると、伏見というところが京都の一部であるとはとても思えなかったし、まして中書島なんて地の果てのように感じた。しかもその名前もヘンだった。なぜ島なんだ?
ところが今では、中書島はわたしの庭のようなものだ。毎日、駅のホームのベンチに座ってこの風景を眺めている。京都の「端」、中書「島」、工場という社会の「隅」、宇治川の「辺」、京都と大阪の「境」、実は、これらの言葉こそ風景にとってのキ−ワードで、これらがこの建物に含蓄を授けているのである。
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