風景をつくる建物24

「・・・近代建築では、意図された強固な観念的全体像がすべてに優先して、建築において部分はその全体像に奉仕する忠実な下僕でなければならなかった。建築に限らずあらゆる分野で近代は忠実な部分の集積が即ち正確な全体であることを信じ切っていた。西欧の建築は、少なくともギリシャ以後、確固とした全体像を放棄したことはなかったが、近代程全体像がすべてに優先して支配的だったことも且ってなかった。」 倉田康男「建築造型論ノート96」

倉田康男(故人)はわたしの大学時代の恩師なのですが、「建築造型論ノート96」は、もう10年ほど前になると思いますが、大学時代の先輩が送ってくれたもので、今でもこうして時々取り出しては読んでいます。
しかし、驚くこと無かれ!! このような近代理性主義的な世界とはまったく違った世界が、実はかつての日本に存在したのです。
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